〜敦君の紅緋色い自転車シリーズ ・ 敦盛 自転車直し隊編 2 〜
バイクを止めて、メットを脱ぐ。
マジマジとサドル下の防犯登録シールのナンバーを見つめるが
そんなモン、覚えちゃいねぇよ
そう頭をかきながらつぶやくと
前輪の方にまわり、泥避けに書かれた名前をみる。
『平敦紀』
間違いない、やっぱりあいつのチャリだ。
横浜とはいえ、こんな所にもあいつぁ駐めてんのかよ。
「敦紀……さん。あんた、大学生か?」
「いや、私は……」
「ああ、浪人生か」
「ロウニン??」
「え? じゃぁ、働いてんだ」
「いや、……その…」
「へ、俺とおんなじかよ……」
「え? 岡殿」
「『どの』って何? よしてよ、柄じゃ無ぇって。
俺はダチと原チャリ転がしてっけどよ、あんたは普段、何ぃやってんだ?」
「…………ふ、笛を少々……」
「ふえぇ?? 笛って、あのピヨォォ〜とかって奴か?
それって面白ぇのか? ……ああ、悪ぃ。原チャリ転がしてる俺の言う台詞じゃ無ぇよな」
「いや……、そのような……」
最初はモデルか芸能人かと思ったけどよ、何だかなぁ。
育ちの良さそうなボンボンなのは違ぇ無ぇんだろうけど。
ま、天然ってところは、ちょっとは可愛げがあるけどよ。
岡龍太は、敦盛との会話を思い出しながら、紅緋色い自転車のベルを何気に鳴らしてみる。
チリンと軽やかな、いかにも敦紀らしい涼やかな音色が響いた
すると
「ちょっと! あんた!」
「? あぁ?」
「あんた、その自転車に何してんだい!?」
「はぁ? いや、別に何も」
見ると、近くの店からオネェちゃんやらオバちゃんやらオッサンやらが出て来て、
いつの間にか俺はすっかり取り囲まれていた。
「な、何だよ! アツノリのチャリがどうしたってんだよ!?」
「敦紀って……、あんた敦紀さんの知り合いかい?」
「知り合い……って程でも無ぇけど……よ」
「そうだろうね」
と、俺の頭のてっぺんから足の先までしげしげと眺めてから、そのオバちゃんは言った。
「で? どこの地域だい?」
「チイキ?」
「そうだよ。ここはこの商店街が担当だからね。勝手に触ってんじゃないよ。
そんな格好で敦紀さんの自転車に近付くから、勘違いしちまったじゃないか、まったく。
みんな〜、なんだかね、この人、ちょっとだけぇ、アッチャン知ってる人らしいよ。大丈夫みたい」
ババア、声がデケェんだよ。人の耳元で叫ぶなっつぅの!
その上「ちょっとだけ」に力がこもってるように感じたのは、気のせいか。
その上「アッチャン」だぁ? どこのアイドルだよ……って、ま、そうか、……敦紀だもんな。
「なぁんだ」
「盗人かと思っちまったぜ」
「人騒がせな奴だなぁ」
「よかったぁ、私まだ1しか押してなくって」
お前、自転車のベル1回鳴らしただけで110番かけるのかよ!
まぁ、他人の自転車だけどよ
どいつもこいつも、ブツブツ言いながら、それでもアッと言う間に人垣が商店街に消えた。
あ、あのオヤジ! 木刀持ってやがるじゃねぇか!
そっちのネェちゃん、まさかその黒いの、スタンガンじゃ無ぇよな……
それにしても、地域? 担当? いったい何なんだ??
その場に立ちつくす、岡龍太であった。
そんな話をパン屋の店先で箒とちり取りを持った花菜ちゃんとしていると、
いつの間にか隣に立っていたDokomaショップのキャンギャルネエチャンが
「ここの商店街も早いとこ作んないとマズイかもね」
作る? 何を?
いいから、お前はティッシュ配ってろよ。会話に割り込んでくんじゃ無ぇ!
花菜ちゃんとの会話を楽しんでいた俺は、邪魔されたようでムッとしたのだが
それに気付かないのか、無視してるのか、キャンギャルネエチャンは続けた。
「実はね、あたしも馬車道の脇の商店街であのチャリ見かけたのよ」
「馬車道」
俺とは違って花菜ちゃんは興味津々
「うん。彼氏と馬車道歩いてたらね、
あの子のチャリと、もう1台真っ赤なBMXが同じチェーンキーでガードレールにつないであったのよ」
「え! もう1台と…」
バ、バカ! この女、何、無神経に話てんだよ。
「それって、LUIGA何とかっていう、ギヤのいっぱい付いたのじゃないですか?」
「え〜、覚えてないなぁ」
「サドルとタイヤと、あとハンドルグリップのゴムも真っ赤な」
「そうそう、それそれ。へぇ、あんたも知ってんだ」
「はい。それ、ヒノエさんのだと思います」
あ、あれ?? 花菜ちゃん……
「ああ、何かそんな名前だったね。
でね、こいつと同じで、彼氏にそんな話しをしながら、
あたしがあの子のチャリの籐の前籠を触ったら」
「触ったら?」
「どうなったと思う」
「110番されたんだろ」
「違う違う」
「そこの商店街の人に怒られたんですか?」
「そんな生易しいもんじゃなんかったよ」
「へ?」
「え?」
「その、こう彼氏とこう腕組んだまま、こっちの手で『籠、傷とか付いてないかな〜』って触った瞬間に」
ネエチャンは勿体ぶって一息ついた。
花菜ちゃんはもう店先の掃除なんかすっかり忘れて、ネエチャンに釣られて聞き入っちまってる。
「ガシャ」
「がしゃ?」
「そう。ガシャってあたしの左手、手錠が掛けられてね」
「え〜〜!」
「振り返ると、制服のおまわりが3人も立っててさ。
その後ろに商店街だか商工会だかの代表っていう親父が偉そうにふんぞり返ってて」
「で、どうなさったんです」
「彼氏ともども交番に連れて行かれて、事情聴取」
「マジかよ」
「もう、最っ低〜! まあ、ものの5分もしないで疑いは晴れたんだけどね」
「良かったですね」
「良かった、って、あたし、何も悪いことして無いもん。
で、その後でそのふんぞり返ってた親父が、平謝りに説明したのがね」
『いや〜、別の地区の方とは。それはそれは。
真にどうも、当方の勘違いとはいえ、申し訳ない事をいたしました。
私はこの商店街地区の役員長をしておりまして、
ま、立場上ですな、敦紀君とヒノエ君の自転車につきましても、
地区管理の責任者、と、こういうことになりますからな。ハハハハ』
親父はヤニ臭い誤魔化し笑いをしたが、あたしはとても笑える気分じゃなかったね。
『で、おたくはどちらの? ああ、駅前の、え? 違う……。ああ、デパート脇の。
ああ、はいはい存じております。よく通りますし。
あそこに携帯電話ショップがあるでしょ。先日も孫が携帯をそこのショップで……。
え? あの店にお勤めで。それはそれは。これは、何かの御縁かもしれませんな。
どうか、お気を悪くなさりませんように。
まあ、こういう行き違いといいますか、誤解が多々あっても困りますので、
早急に連絡協議会を立ち上げようと、先日も中華街と馬車道の会長さん達とも相談した所だったんで』
『え? 何の連絡協議会かって? 嫌ですね、御冗談を、ハハハ。
ところでおたくの方の、責任者の方は? ……ああ、まだお決まりではない。そうですか。
では、お決まりになりましたらですな、是非、私までご連絡を頂いたいと、そう、お伝えください。
これ、連絡先の名刺でして。ああ、そうそう、携帯番号も書いておきましょう。
遅くとも、来月中には横浜の主だったところだけでも、連携して協議会をと考えておりますので』
「ってことで、これがその名刺。はい」
と、ネエチャンは花菜ちゃんに名刺を渡した。
当然、花菜ちゃんは戸惑ったようで
「え? なんで私に?」
「そりゃあ当然、あなたがここの地区、仕切って頂戴よ」
「え? わ、私がですか!」
心底びっくりしたようで、こんな花菜ちゃんの大声は聞いたことが無かった。
花菜ちゃんも慌てて恥ずかしそうに
「そんな、無理です」
そう言って名刺をネエチャンに返えそうとしたが
「だって、ここ、商店街ってほど店無いし、その割に敦紀、よくここに駐輪めるじゃない。
それに、あの子が自転車を駐めるのって、あなたのパン屋の前の駐輪場所じゃない」
「でも私、単なるアルバイトで」
「関係ないって。そういう地区もあるってあの親父、言ってたから」
「でも…」
そう言いかけた花菜ちゃんだったが、
「近藤さん、レジお願い」
と店の中から呼ばれので、
花菜ちゃんは慌ててその名刺をエプロンのポケットにしまって、店に戻っていった。
で、残ったのは俺とキャンギャルネエチャン。
通りかかったデパ地下帰りの家族連れにティッシュを渡した後で、
帰ろうとして原チャリにまたがった俺に向かって彼女が
「あんた」
「ああ?」
「彼女目当てなら、頑張んな」
「な! 何を」
「この間っから見てんのよ。わざわざ川崎くんだりからパン買いにご苦労様」
「うるせぇな。俺の勝手だろうがよ」
「純情だね〜、赤くなってんじゃん」
「うるせぇな!」
「あんた悪ぶってるけどさ、人相ほどには悪い子じゃなさそうだからね、応援してあげる」
「はぁ…、そりゃどうも」
「で、出来たらさ。その自転車の持ち主の紫髪の子、紹介して」
「そっちかよ! に、したって何で俺が」
「だってあんた、何か話してたじゃない」
「それは、花菜ちゃんに頼まr」
「あの娘はぁ、平敦紀君の姿形に乙女チックな憧れを抱いてるだけよ」
「あんた、花菜ちゃんのこと馬鹿にしてんのか!」
「違う違う。馬鹿になんかしてないって」
「だったら何で俺みたいなスカと彼女、くっつけようなんてするんだ。
ああ、そうか。その隙にあいつを、敦紀を自分が」
「あのさ、あたしに彼氏いるって言わなかったっけ」
「だから、そいつとは別れt」
「あんたこそ、あたしをどういう女だと思ってる? 言っとくけど、あたし結構尽くす女だよ」
「じゃあ、何で」
「あんたら、ホント、何ンにも知らないのね」
「はあ?」
そう言って、キャンギャルネエチャンはティッシュの入った段ボールの中から1冊の雑誌を取り出した。
「『コンサート・ジャーナル』? 少英社出版? 何これ?」
11/05/28 UP